BRAND HISTORY
アートのような計算し尽くされた服やバッグが人々を魅了している、ISSAY MIYAKE(イッセイミヤケ)。
1971年、三宅一生が設立したブランドです。
三宅一生は広島県生まれで7歳の時に広島市への原子爆弾投下の際に被爆されてしまいました。その時から考えていた「破壊されてしまうものではなく、創造的で、美しさや喜びをもたらすもの」のすえに、衣服デザインの志向が高まった様です。
高校を卒業後、上京して多摩美術大学でグラフィックデザインを専攻、その在学中に装苑賞を2回受賞しています。ギラロッシュやジバンシィのメゾンで経験を積み、ジバンシィでは完成した服を絵にする仕事であるデザイナーとなりました。
三宅一生はこれまでの服作りの概念を覆す、革新的な発想と技術を数多く生み出しました。
1枚布から服を仕立てるという革新的な発想と技術は、世界でも大きな話題を呼びました。
衣服には、三宅一生が考え一貫している「一枚の布」でのデザインを大切にしたものが多く、長年にわたりデザイン、製造だけではなく研究や実験、開発を行っています。
1993年には形状記憶のポリエステルジャージー素材を開発し、派生ライン「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」をスタートさせます。
プリーツプリーズはコンパクトに収納が出き、どんな動きをしてもプリーツを崩さず美しさを保持します。
しわなどを気にせずにフィットし、乾燥性に優れた素材で規則性のある一定の幅で肌に密着しないような工夫も施されています。そのような様々な工夫があり、今なお人気のある商品となっています。
その他にも、1998年にはデジタル・テクノロジーを用いた「A-POC=A Piece Of Cloth(エイポック)」の開発をスタートさせ、一本の糸、一枚の布が服になるまでの革新的なプロセスを確立しました。
さらに、紙やプラスチック、ロープなど布以外の素材を用いた服作りにも挑戦しました。
受け継がれてきた国内外のすぐれた伝統の技と、その一方できわめて先鋭的なテクノロジーを共存させることで、時代が求める新しい衣服と考え方を提案しています。
黒いタートルネックがトレードマークであったスティーブ・ジョブスの服は三宅一生のデザインの物でした。
2010年には広島市名誉市民、皇居にて文化勲章を受章しています。
バッグの代表作は「BAOBAO(バオバオ)」です。三角のピースを4つ合わせたモチーフが印象的で、バッグというよりアートに近いデザインバッグです。